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2024.03.05『パリに憧れ街にとけこんだ暮らし』

マスター / 金山幸夫さん あっこさん / 金山暁子さん


Profile
2000年5月に結婚。翌年、二人の故郷、宇都宮市にカフェ「プラクチカ」を開店するために埼玉県から転居。2006年に2号店「フランス地方料理とワインの店 LE METRO(ル メトロ)」を宇都宮市のど真ん中にオープン。1号店はあっこさん、2号店をマスターがそれぞれ担当し、2年後1号店を閉めて一本化。


パリのカフェを思わせる佇まいのLE METROは、フランス地方料理をベースにしたビストロ。カスレやクスクスなど他ではなかなかお目にかかれない料理もあり、フランス好きな人たちから大好評を得ている。パリの地下鉄 (メトロ)のホームを模した店内には、メニューが書かれた黒板、パリの写真やチラシ、ポスター、本などが所狭しにディスプレイされ、不思議と落ち着いた空間になっている。

LE METRO
宇都宮市池上町1-11 (シンボルロード沿)


『パリに魅せられて』


フランスを訪れる前からフランス好きの二人。実は、LE METROを開店した当初、まだフランスを訪れたことがなかったそうだ。
では、なぜ、フランス、パリなのか。

「初めて食べたフランス菓子のタルトが、とにかく美味しかった」と、マスター。
「書籍『旅のカケラ パリ*コラージュ』に触発されて。掲載されていた、セーヌ川に映る美しい夕景や、カフェの雰囲気、在り方などに心惹かれた」と、あっこさん。

味覚と視覚の違いはあれ、二人の心を虜にしたパリ。初めて訪れたのは、意外にもLE METROをオープンして3年経ったころ。アパルトマンに約1週間滞在して、パリで暮らすように、毎日カフェやマルシェなどの街歩きを楽しんだ。
「言葉が通じないし、スリも怖いから不安」と訪仏をためらっていたあっこさんだったが、ポン・デ・ザール(芸術橋)からの夕暮れの景色を目にして心打たれ、パリが大好きになった。帰国時には、「パリの街と、パリのカフェと、パリの人々がとても好きになって、そうねえ、帰りたくないね。今度はいつパリに行く?」と手記に綴るほど。今では毎年のように夫婦でパリを訪れている。
マスターといえば、「築200年ほどのアパルトマンは、階段も年季が入ってツルツルにすり減っていて、“家に帰ってきた”感覚が嬉しい。夜空に浮かびあがるエッフェル塔もきれいだねぇ~」と、パリジャンのごとく嬉しそうにパリの魅力を語る。
そして、「カフェはパリの人々の日常の一部になっていてすごいなーと思う。うらやましい。そんな街に住んでいる人が。そんなカフェをつくり出している人が」と感嘆する言葉に、店に込めた二人の想いが伝わってくる。


『料理に必要なのは知識と経験』


二人が出逢ったきっかけは、“宇都宮”というキーワード。
当時、マスターは東京で広告代理店に勤務し多忙を極めていた。あっこさんは、父親が経営する地元のコンピューター会社で働く傍ら、自分の好きな店の紹介や詩などをWebにアップしていた。たまたま、マスターが“宇都宮”で検索した時に、あっこさんの「私の好きな雑貨屋さんで~す」の紹介記事を見て、「僕の知り合い(同級生)の店です」と書き込んでからネット交流がはじまる。それから数カ月後の春、宇都宮市内での花見で初めて会い、1年の遠距離交際を経てゴールイン、埼玉県で新生活をスタートさせた。

転機は、マスターの1カ月におよぶ入院とその後の仕事への熱意の喪失。カフェを開きたいという、あっこさんのかねてからの夢もあって、宇都宮に戻りカフェをオープンすることに。

「人生を豊かに過ごすために心機一転、脱サラして素人から飲食店を始めました。食べるの大好き、飲むの大好き、凝り性なのでこの仕事は天職と思っています」と、マスターは言う。
とはいえ、繁盛店にするまでには、素人にとっては並大抵の苦労ではなかったはず。

シェフを雇った時期もあったが、基本的にはマスターとあっこさんの二人きり。料理はマスター、お菓子と飲み物はあっこさんが担当。料理教室に通うとか、誰かについて修行するとかはなく、全くの独学。「知識(レシピ)はほとんどが本。作り方はYouTubeを活用」したそうだ。もちろん、失敗につぐ失敗、試行錯誤の連続。自宅のキッチンを“ラボ”と称して、せっせと腕を磨く。頼みの綱は、美食家の両親と食べ歩いて培ってきた自らの舌。評判の店や気になる店に足を運び、味わい、自分たちのオリジナルメニューを作り出していく。



ある日のマスターのブログに、こんなことが書いてあった。
「それで常々思っていることだけど、料理とピアノ(とか楽器演奏)はよく似ている。レシピ(楽譜)をよ~く見て料理(演奏)をする。できないところは繰り返し練習。そしてそのレシピに自分の解釈が入ったりするとさらに人と差がつくね」と、ピアノが趣味だけに、明晰な分析。さらに、「料理に必要なのは知識と経験だと思う。経験は想像力でもカバーできるね。自分で天井作っちゃダメ。やりたいんだ! やって成功させるんだ! という強い意思があれば、商売はうまくいきますよ」と。
これらの言葉から伝わってくるのは、一番大切なのは、やろうと思う気持ちと、続けることへの強い熱意とこだわり。一見穏やかでゆる~い印象のマスターと、優雅でかわいい感じのあっこさんには、こんなにも熱い想いが宿っているのだ。


『二人の居場所はLE METRO』


「ひと通り失敗してみた」と豪語し、自分で美味しいと思う味を探り続け、あれを作りたいこれを出したいと、メニュー開発をするマスター。ジャッジはあっこさん。「これ出すの!?」のひと言で、時には喧嘩になることも。マスターが「カチンとなって、冷静になって、直す」のがお決まり。「(お店の)一定のレベルを保っているのは、あっこさんの“これ出すの”のひと言のおかげ」と、お互いを尊重し合う。

味重視、安さとボリュームがウリ。皿には、いわゆるフランス料理の余白の美は見当たらない。取り分けやすく人数分の付け合わせを盛ったり、肉をカットしたり、とにかく「お腹をいっぱいにし、みんなで満足してもらいたい」という想いが一皿にあふれ出て、二人の人柄が垣間見えるようだ。だからこそ、居心地の良い雰囲気が醸され、当然、常連客も多い。中には、週4~5日20年間通い詰めているお客もいて、まさに、街の暮らしに根付いたパリのカフェそのもの。

壁に最初に貼られたのは、パリに初めて行った時のパレードのポスター。時を重ねるごとに壁を埋めていく品々。その一つひとつに記憶のストーリーが重なり、時を重ねてさらに熟成され、独自の雰囲気を生み出してきた。そこは、二人にとって居心地の良い居場所であり、そこを訪れる人たちの居場所にもなっている。

二人は、今54歳。
「今の状態を60歳頃まで続け、その後も規模を縮小しながらでもずっと続けたい。最終的には、ケーキと喫茶だけにしようか」と、生涯現役宣言。そのためにも、「健康が一番。無理しないこと」がモットー。
二人の関係もそう。「忙しさの中ストレスもたまり、ぶつかりあうこともちょくちょくある」と言いつつ、お互いを愛情深く支え合う。

あっこさんはマスターのことを、「人付き合いを大切にしている。自分は苦手だけど、誰とでも仲良くなれるのは、すごい才能。素のままで、自分を飾らない。人間の厚みが感じられ」とほめそやす。マスターは、「あっこさんは、“おっ、ソコ”と思うほど、目の付け方が違う。ここというこだわりが随所にあって、妥協しないし、自分がいいと思うものにはこだわる。それは、モノの本質をきちんとじっくり捉えているからこそ」と、お互いをリスペクト。

一緒に苦楽を共にしてきたからこそ培われてきた二人の愛情と絆の深さ。そんな二人が営むビストロには、パリのすり減った石畳のように街にとけこみながら、時が育んだどこにもない味わいが、確かに存在している。



【Project staff】
企画・編集/ドクターリフォーム Banana works LABO
カメラ/氏家亮子・CLALiS
ライター/菊池京子